「すももの夏」ルーマー・ゴッデンがえがいた少女の時間の終わり

すももの果実 児童文学
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「すももの夏」はかなり前に読んだことがあり、久しぶりに読んでみて、やっぱりすごくいい作品だと思いました。大人が読んでもいいけど、いま10代の方が読んでもいいと思います。

思春期ならではの心の揺れや敏感さ、大人の世界を覗き見てしまった驚きなど、そのときにしか味わえない感覚が描かれています。

少女から大人になっていく時期の子供の心を丹念に描いています。

「すももの夏」

作:ルーマー・ゴッデン

訳:野口 絵美

徳間書店 1999年

成長という苦しみ

セシルの一家は夏の休暇をフランスで過ごすことになったものの、イギリスから向かう途中で、母親が病気になってしまう。ホテルにたどり着いたものの、母親は入院してしまい、あとには5人の子供たちが残される。

ホテルに滞在していたイギリス人男性・エリオットが子供たちの面倒を見てくれることになり、子供たちはエリオットになつくが、同時に怖くてミステリアスな面も持っていることに気づく・・・。ある事件が起こって、子供たちだけの夏の休暇は終わりを迎える、という筋書きです。

主人公は13歳の少女・セシル。平凡な名前や、パッとしない容姿に不満を抱いています。そして身近には、美人で才能ある16歳の姉・ジョスがいます。

ジョスはいま、まさにその美しさを開花させるような時期にいます。「姉さんはあんなにきれいなのに、なんで私は・・・」といった悔しさや嫉妬に苦しむセシル。

コンプレックスを抱えた妹であるセシルの視点を通して、話は展開します。最初は姉であるジョスに対してヤキモチを妬いていたものの、現実として受け入れていくことに気づくセシル。

自分に自信を持てないことはよくあること。他人と比べてしまうことも、よくあること。抱えている葛藤を持て余し気味な状態から、だんだんと静かに受け入れていくセシル。

この時に感じる胸の痛みや苦しさ。同じような感覚を感じた人は少なくないでしょうから、とても共感できるはず。

大人になる時期を通過していくときの苦しみ、切なさ、などなんとも言い難い感情。自分は完璧ではないし、願っているほど美しくないし、願っても手に入らないこともある。

願い通りではない事実を受け入れていく苦しみ、それこそが成長であることを、セシルという少女の体験を通して、伝えてくれます。

エリオットという謎

「すももの夏」という作品のなかでのキーパーソンは、保護者役になってくれたエリオット。背が高くハンサムでお金持ち、子供たちに素敵なプレゼントをくれるエリオット。

でもその一方で、ときに冷淡で怖い一面も持っています。一貫性のない分裂したような態度に、謎の多い行動。

エリオットの本性は残酷なのか、優しいのか。ミステリアスなエリオットといることで、子供たちの夏の休暇は楽しいけど、忘れられないものになってしまいます。

エリオット、一見すると洗練されていて優しいのに、実は世間の眼をごまかす必要がある人物。正体を偽るために子供たちを利用するような考えを口にしながら、同時にすごく優しい。

矛盾を抱えた人物としてふるまうエリオットだから、いつまでたっても憎み切れない魅力を作り上げています。

いっそ単なる悪い人物だったら、セシルたちも憎めばそれでよかったかもしれないのに・・・。単純に切り捨てることができないくらい、エリオットへの感情は複雑です。

5人の子供たちのうち、年長であるジョスは若くて美しい。エリオットとジョスは惹かれ合っているような雰囲気がありながら、かといって発展するような関係にもなれません。エリオットには、決して知られてはいけない秘密があるのです。

ジョスの美しさは周りから褒められると同時に、嫉妬ややっかみをかう原因にもなります。ジョスはホテル〈レ・ゾイエ〉の主人であるマドモアゼル・ジジと対立する羽目になってしまい、女同士の嫉妬といった激しい感情を知ることにもなります。

ジョスはジョスで、急激に大人になっていく身心を持て余していたのでしょう。大人になりかけていながら、まだとても器用にふるまえない、そんな危ういバランスを長女のジョスも持っているのです。

舞台となったホテルとすももの果実

故郷を離れて、子供たちだけで過ごす、たった一度きりの夏。「すももの夏」の舞台となったホテルや、その周りの果樹園も、舞台としてすごくいい設定になっています。

舞台となったホテル〈レ・ゾイエ〉の描写が美しく、庭や小道、果樹園など旅先での自然のありさまが丁寧に描かれています。

そして好きなだけ食べていい、すももの果実。ねっとり甘くて、果汁がたっぷり、重みのある果実。一度、食べてしまったらもうもとの自分に戻れなくなってしまった、みたいな存在感があります。

ホテルの従業員たちも、皆とてもクセが強い人たちです。まだ10代か、もっと小さい子供たちにとっては、ホテルにいる大人たちを見ているうちに、大人の世界の汚さや愚かさといった部分をちらちら見ることになります。

大人でも怒鳴り合いの喧嘩をしたり、醜い嫉妬に狂ったり、だらしなかったり、そんな面を見ながら、過ごすことになります。

いつまでも子供のまま、純粋なままではいられない、次第に大人になっていくプロセスそのものを、セシルもジョスも、異国のホテルで体験していきます。

ホテルの従業員とセシルたちをつなぐのは、ポールという少々、荒っぽい態度のコック見習いの青年です。セシルたちとは全く違う環境で育ち、すでに働いていて、乱暴な態度をとることもあります。

ポールにしてみたら、自分よりずっと恵まれた環境にいるセシルたちへの嫉妬もあったでしょう。でも根のいい部分もあったのか、ホテルの食材をおやつの時間に分けてくれるポール。

ポールという存在は、エリオットと対比すると、よくわかるように思います。いつも汚れにまみれていて、口ぎたなく、まるで洗練されたところがないポール。ポールのことも、やっぱり忘れられない断片として、子供たちの心に残っていきます。

宙ぶらりんで不安定な年齢、故郷から離れた不安や知らないことだらけの世界、といった特殊な条件のなかでのストーリーだから、一度限りの夏の切なさが印象的です。

まとめ

物語はセシルの回想という形を取って、ジョスとセシルという2人の姉妹の違いを浮き彫りにしています。

ミステリアスな男性・エリオットという存在を軸にしながら、読者を引っ張ります。同時に、子供たち同士の葛藤や心の変化を巧みに描いた小説になっています。

エリオットの正体は最後にわかるわけですが、子供たちへの優しさは本物だったのか・・・。謎めいた人間の気持ちが印象深いラストになっています。

 

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