「夕凪の街 桜の国」こうの史代の繊細な漫画で描く広島

風鈴 マンガ・イラスト
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「夕凪の街 桜の国」こうの史代さんの代表作のひとつで、人気のある作品です。

「この世界の片隅に」とも共通する内容があります。今回、はじめて読んでみて、とても印象深い作品でした。

「夕凪の街 桜の国」

著者:こうの史代

発行年:2004年

出版社:双葉社

「夕凪の街」切なさや苦しみの表現が巧み

青い花

独特の柔らかい線や、会話の間のとり方が印象的な漫画です。

「夕凪の街 桜の国」は大きく分けて二部構成になっていて、第一部「夕凪の街」では戦後10年の広島が舞台になっています。

まだ戦争の記憶が強く残っており、主人公・皆実も原爆による火傷を気にしている。そして、原爆投下の日の記憶から自由になれない。

皆実はごく平凡な人で、不器用だけど友達思いの素直な性格です。同じ会社に好きな相手がいて、互いに惹かれているものの、突然の病気という不幸がやってくる。

印象深いのは、皆実が病に倒れたときの余白の使い方です。だんだん目が見えなくなっているのか、画面全体が白い。そこにかぶさる、皆実の内心のセリフ。

なんとか戦争を生き延びて、まだ20代なのに、好きな人もいるのに、皆実は原爆からは逃げられない。

「夕凪の街」でもっとも印象深いシーンは、皆実が同僚である打越の気持ちを知りつつ、しかし原爆の日の記憶のせいで幸せになれないと思って走り出すシーンです。

10年経ちながらなお「幸せになってはいけない」と生きている者をさいなみ続ける。駆け出し、歩き、やがてしゃがみ込んで倒れるまでの動きと内心に抱えたつらい記憶とが交錯して、印象深いシーンになっています。

「桜の国」戦後の世代から見る広島

ドライフラワー

時間が流れ、第二部「桜の国」では、皆実の弟にあたる旭とその子供たちの話に変わります。

旭の子供たちの世代になると、直接の戦争の記憶はありません。しかし、被爆者の子供としての不安や、それ故の陰りはあるのです。

自分と広島の関わりはなんなのか、成長するにつれて次第に考えざるを得ない。普段は意識していなくても、被爆者の子供として見られることに、広島とのつながりや影響を考えるときがある。

「桜の国(二)」で、旭の娘である七波はこっそり出かけた父親のあとを追って、広島に向かいます。普段は意識することの少ない広島で、七波は父親の過去に少しだけ触れる。

七波の視点は、外部から広島を見る人間の視点だと思います。無関係ではないが、あまり考えたくないといった立場に近いかな。

広島に行ったことで、七波のなかで悲しい記憶と向き合うきっかけになります。この外部の視点から捉える描き方も重要だと思います。

すでに長い時間が流れ、戦争や原爆の記憶は遠い話になっているし、時間の流れは止められない。

七波の感覚は、広島や原爆を知識としては知ってはいるけど、感覚としては遠い人の感覚だと思う。大半の読者にとって近い感覚だろうから、作品に入りやすいのです。

こうの史代が漫画のなかで描いた広島

ラムネ

私自身は広島に行ったことが二度あります。被爆者の方の話を聞いたこともあるし、書籍を読んだこともあリます。

原爆の話は重要な話と思いつつ、しょせん、私は余所者でしかないのもわかっています。

私自身は戦争の話を見たり聞いたりすることが嫌ではないけど、かつて学校の同級生からは嫌がる声を聞いたことがあります。怖いとか気持ち悪いといった意見も、ときにはあるのでしょう。

本作は別に教育目的で作られているわけではないのでしょうけど、読み終わったあとに、ささやかな生活にもやってくる戦争の影というものについて、しみじみ考えさせる力があります。

戦争や原爆をエンターテインメント作品のなかで描くのは、なんとも難しいことです。

気味の悪い絵なら描けるかもしれないけど、それだけではそのシーンだけ目立ちそう・・・。

「夕凪の街 桜の国」においては、あくまで淡々と描くスタイルにとどめています。

一般の街の人にとって、戦争や原爆はあくまで降りかかってくるものであり、なかなか抗しきれないもの。

あくまで、どこにでもいそうな人の視点で描いたことで、重いテーマを描くことに成功している作品です。

まとめ:こうの史代のユーモアと現実

葉から落ちる雫

こうの史代の絵柄はふんわりしていて、のどかに見える。見えるが、漫画という舞台で、戦争や原爆といった描きにくいテーマに挑んでいます。

描かれるのは市井の人々であり、特別な人たちではないが、ちょっとした表情や会話にたまらない温かみがあります。

のどかな絵柄で描かれる日常の暮らしの温かさやちょっとしたユーモアに和みつつ、しかしやってくる戦争の影響の大きさに、いつしか読者も立ち会うことになるのです。

残酷な現実を描いていながら、しかし、しみじみ印象に残る作品です。

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