邦題は「ドリーム」となっていますが、原題は「Hidden Figures」となっています。なかなか興味深いタイトルです。
宇宙という未知の分野に挑んだのは、NASAに勤務する大勢の天才たち。世間一般が注目するのはもちろんパイロットたちですが、その陰には多くの開発者の姿がありました。
figureには、「数字」という意味があり、さらに「姿」「人影」「大立者」といった意味もあります。「隠された数字」「陰にいた人々」の2つの意味をこめたタイトルになっています。
歴史の表舞台に出るわけではないけど、宇宙開発計画成功のために、膨大な数字を計算し続けた黒人女性たちの姿にスポットをあてた作品です。
(ネタバレ含みますので、ご注意ください)
「ドリーム」
監督:セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン /オクタヴィア・スペンサー /ジャネール・モネイ /ケビン・コスナー /キルスティン・ダンスト
公開年:2016年
製作国:アメリカ
キャサリンの「走る」という行動
「ドリーム」には3人の女性たちがメインの人物として出てきます。それぞれに差別の壁と立ち向かいつつ、自分の夢をかなえていく。そのプロセスのテンポがよく、観ているものを元気づけるような展開になっています。
差別政策によって「白人用」と「非白人用」に分けられているシーンは、映像として改めてみるとけっこう、ショッキングです。働く部屋、飲み物のポット、そしてトイレまであらゆる場所が分離されています。
典型的な例として、キャサリンが利用するトイレがかなり遠い位置(たしか800メートル)にあり、走っていかないといけないシーンです。
計算すべき資料を両手に抱え、差別に不満を抱きながらも懸命に計算をし、デスクとトイレを往復する。ついに上司に対して怒りをぶちまけるシーンがあるのですが、そのシーンが一つのターニングポイントになります。
ただ、「走る」という動作によって、懸命であること、必死であること、そしてみずから行動する人物であることを語っています。
「走る」という行動によって、本作のなかでキャサリンは主人公としての位置を獲得しています。
トイレとは別の件で、ラスト近くでもう一度、キャサリンが全力で走るシーンがあります。そこが本作のクライマックスであり、キャサリンが本領を発揮するシーンでもあります。
ドロシーの「集団をまとめる」という適性
3人の女性たちのなかでもっともリーダーシップがあるのがドロシーでした。
他の2人がさきに新しい仕事に配属されて、くやしさがないわけではないけど、友達の前進を喜ぶことができる性格。
のちに管理職になった、と紹介されていましたが、その適性を最初のシーンから描いていたことで、結論に納得のいく人物像になっています。
新しいコンピューター言語を学ぶのも、ひとりだけで行うのではなくて、所属しているチームのみんなに呼びかけるあたりにも、その性格がよく出ています。
メアリーの「前例になる」決意
白人男性のみを想定された技術者になるべく、高校で授業を受けるために請願を行うメアリー。
「肌の色は変えられない。私が前例になるしかない」自ら裁判所で考えをのべ、さらに白人男性ばかりの授業に参加するなど、芯の強さが魅力的です。最初は反対していた夫も、協力してくれるようになる。
3人のヒロインがそれぞれに差別に傷つき、屈辱を味わいながら、それでも歩き、走り、行動することで前に進んでいく。その様子が共感を集めるのでしょう。映画の展開をグイグイ引っ張っていきます。
上司・ハリソンの行動
白人男性であるハリソンはチームのトップにいる気難しいタイプ。とにかく仕事熱心で、数字と結果にこだわるタイプです。
女性用トイレに設置されていた「非白人用」というプレートを自分の手で破壊するシーンは重要だと思います。
実際には作業なんて部下にやらせるとか、業者に頼むのが普通ですが、ハリソンが自ら壊すことで、話を前に進めてくれます。その後もキャサリンの能力を認め、チャンスを作ってくれるハリソン。
ハリソンは別に博愛主義とか、そういうタイプではないのでしょう。純粋に数学や数字の正しさを追及し、なんとしてでも宇宙飛行成功の結果を出さねばならない、という立場からの行動や発言でしょう。もちろん、キャサリンが優秀だからこその判断ですが。
単なるヒューマニズムとは違うのかもしれないし、あくまで仕事で優秀な人を評価するタイプかもしれまんせんが、キャサリンの「自分の能力を発揮したい」という願いを進める味方的存在として、重要な位置を占めています。
エンターテイメントとしての素直な展開
差別を扱った映画は多くあり、とても重苦しい雰囲気の作品もあります。もちろんそういう作品にも価値があるとは思っていますが。
「ドリーム」という作品は、エンターテイメントとしての面白さは保ちつつ、黒人差別・女性差別という大きな壁に挑んだ主役たちを魅力的に描いています。
観る前はもっと地味な作品かと思っていたのですが、「走る」「歩く」といった基本的な動作でそれぞれの登場人物の人格を表す方法も効果的です。
脚本の展開にメリハリがあり、3人の女性たちをバランスよく描いていることで、それぞれに感情移入しながら見ることができる作品です。
全体として前に、前に進んでいくとても推進力のある作品です。冒頭で提示したテーマ「黒人女性であっても、夢をかなえることができるのか?」にしっかりと答えを出して、テーマを回収していきます。
まとめ
ラストシーンでカメラが引いていき、一番最後に映るのが、部署名「SPACE TASK GROUP」のドアプレートで終わる点も気が利いています。
歴史の一つの場面を知りながら、楽しみながら、見られる作品になっています。
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