映画「この世界の片隅に」普通でいることが難しい世界のすずさん

黄色い風鈴 アニメーション
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異例のロングランを記録している映画「この世界の片隅に」

劇場公開された2016年当時、私も見に行きました。劇場で見ておいてよかった、と今でも思う映画の一つです。

原作はこうの史代の漫画『この世界の片隅に』です。今回は、映画の感想をレビューしてみます。

ちなみに初めて映画を鑑賞したときには、原作漫画は読んでいませんでした。

太平洋戦争末期、広島から呉に嫁いだ、すずという女性の暮らしぶりを丁寧に描き、戦時下における家族を描いた作品です。

決して派手な作品ではないのですが、見終わった後にしみじみとした感情が沸き上がってきますよ。

「この世界の片隅に」

監督:片渕須直

出演:のん/細谷佳正/稲葉菜月/尾身美詞/小野大輔/潘めぐみ/岩井七世

公開年:2016年

製作国:日本

ネタバレ有りなので、まだ見ていない人はご注意ください。

 

嫁としてのすずさん

ごはん

すずの結婚相手は、少女時代に一度あったきりの少年だった周作。周作はすずを覚えているけど、すずは相手がだれだったか覚えていない。

「ぼーっとしている」あいだに結婚が決まり、嫁入りして、呉で暮らし始めたすず。

昭和10年代の感覚なので、恋愛結婚ではなくて、見合い(?)っていうか相手から求婚されてそのまま結婚した感じですね。

すずさんという人物は、決して器用でもすごい美人でもなく、ほんとに平凡。こうの漫画のヒロインは、そんなタイプなのかもしれない。どちらかというと、妹のほうが美人で要領よさそうなんですよね・・・。

結婚で呉に移住したあとのすずさんは、脚の悪い義母にかわって家事を行う毎日。過ごしにくいのは、義理の姉のあたりがきついせい。(頭部にハゲができる・・・)

義姉には義姉の悩みがあるのだけれど、八つ当たりっぽくて、大人げない人ではある。すずさんはもともとのんびり呑気なところがあって、そののんびりした感じがあるおかげで、厳しい時代や環境でも、おっとりした雰囲気の作品になっています。

戦時下でつつましやかに生きていくしかない人々の姿を、ユーモアをこめて描いた作品です。

当時の食事の内容や服装、仕事の内容やご近所さんとの付き合い、などなど細部にわたって再現しています。

戦時下において、食料は配給制になっていて、かなり少ない食料でやりくりしないといけません。

すずさんが家族4人分の食事を作るときの細やかな工夫とか、当時の食事事情など、かなり地味なシーンを丁寧に作って描いていく。まったく美味しそうでもなんでもないけど「楠公飯」のあたりとか、印象に残ります。

当時の日本での暮らしぶりをこまやかに描くことで、住んでいた人たちのぬくもりが立ちあがってきます。

女性としてのすずさん

朝顔

かつて子供時代に偶然、会っただけですずさんを結婚相手に選んだ周作。すずさんより年上で、気を使ってくれるし、決して悪い人ではないのです。

見ていて気になったのが、結婚式の場でまったく食事をとらず、固い表情で拳を握り締めていたところ。映画だけではよくわからないかもしれないけど、これは漫画で描かれていたリンさんのことがあるからでしょうか。

必ずしも「一番望んでいる相手」を結婚相手にしたわけではないっぽいんですよね。

周作とは、結婚した後に、徐々に相手を知っていくパターン。いわば余所者としてやってきたすずさんと周作とのやり取りは、ちょっとぎこちないのですが、一緒に海上の船を見ているときなど、微笑ましいやり取りになっています。

義姉からは「知らん家で使われるだけのつまらん人生」なんて言われていたけどすずさんの結婚後の生活は、そんなにつまらないものだったんだろうか。

もちろん義姉のような恋愛結婚ではないし、華やかなドレスを着てデートしたわけでもない。ろくに物資は足りず、空襲で寝不足になるなど、厳しい環境下であったけど憲兵が帰った後にみんなで大笑いしたことや、晴美ちゃんといっしょにお絵かきしたことが、とても楽しいシーンとして思い出されます。

女性としてのすずさんを考えるときに印象深いのが、水原哲との関係です。幼馴染なんだけど、ちょっと近寄りがたい雰囲気のあった哲さん。

本当は、お互いにちょっと気にし合っていた部分があることをうかがわせつつ、すずさんは結婚します。大人になってから水兵になった哲と再会するすずさん。

昔はぶっきらぼうで近寄りづらかった哲なのに、ずいぶん朗らかな雰囲気の水兵になっていました。納屋に泊まる哲と深夜に話すすずさん。

すずさんが哲に惹かれていたのは、夫である周作にはバレています。すずさんも哲に惹かれていたのは、自分でもわかっていること。

それでも、すでに結婚しているすずさんは、もう周作のほうが大事になっている。

「すず お前はほんまに普通の人じゃ。」と言う哲さん。

戦場という異常な場所に身を置く立場になっている哲さんにしてみると、すずさんの「まともさ」はある種の異質なものに思えたんじゃないでしょうか。

すずさんという女性を考えるとき、周作と哲さんの間で気持ちが揺れるシーンは、本作のなかでとても印象深いシーンになっています。

絵描きとしてのすずさん

すいか

すずさんは器用な人ではないし、ものすごい能力があるわけでもないのですが、他人より優れた力があるとしたら、絵を描くことでした。

小学生のころに、水原哲に代わって描いた海辺の絵は、白波をウサギに見立てた幻想的なイメージの生きた絵でした。

哲のことを思う気持ちや、ふるさとの自然のイメージとが融合していて、水彩画風のタッチと映画の動きがマッチして、美しい絵。

結婚後も、路上に描いた絵のおかげで、リンさんと仲良くなれたのです。余所者であるすずさんにとって、絵があることで他人と関わるきっかけになることもしばしばでした。

絵を描くことで、すずさんは気持ちを落ち着けたり、言えない気持ちを託したりしていたんだと思います。

終盤になって、空襲によって利き腕にケガを負うという残酷な現実がやってきます。絵描きにとって、絵が描けなくなることは、耐えがたい辛さでしょう。もうすずさんの気持ちを外にむかって表現できる、一番いい術がなくなったのですから。

呉の空襲で命を落としかけたときに、「広島に帰ります」と夫の周作に向かって言うすずさん。晴美ちゃんが死んだ、利き腕が使えない、家のこともできない・・・もう呉にいるにも立場がない。

全体的にのんびりとした雰囲気の作品ですが、それでも現実の厳しさはやってきます。

すずさんたちはどんな状況下でも健気に生きていた、といえば確かにそうなんだけど、どんなに過酷な状況にあっても、力のない庶民はその状況のなかで生きていくしかないんだな、とも思います。(もちろん戦時中なので、命を落とした人も多数います)

戦後を知ったすずさん

ハイビスカス

少女のころから何度も絵を描いてきたのに、ケガによってもう絵を描けなくってしまったすずさん。描けないのは、文字通り自分の一部を失うレベルのつらさです。

加えて、あんまり仲の良くなかった義姉にとってよりどころだった娘の晴美を助けられなかったことで余計に関係が悪くなります。

もう嫁ぎ先である北條家にいても、家事もできないし居づらい、という気持ちもあって「広島に帰ります」と言いだすすずさん。

まさに広島に帰るはずだった日こそ、八月六日。故郷である広島は一瞬にしてなくなり、すずさんも家族を失います。

玉音放送を近所の人と一緒に聞くものの、戦争が終わった、負けたということがピンとこない人々。すずさんは、もっとも激しい拒否反応を見せます。

普段はおっとりしているすずさんなのに、泣きながら地面に突っ伏す。戦争のなかで失ったものや起こった出来事の大きさが押し寄せて、我慢できなかったのではないかな。

死なずに死んだ人たちは、戦後を知っている側の人たちです。すずさんも、戦後を知る側となり、戦後を生きる側になります。

本作のなかで戦後の描写はわずかですが、水兵であった水原哲が下船したシーンが出てきます。

水原がすずさんに向かって言った「普通でおってくれ」という台詞は簡単なようで、実は難しいことだと思います。

戦争という一種の異常な状況下であっても、ずっとのんびり、マイペースだったすずさん。

器用でもないし、平凡でおっとりしていて、好きなことや得意だった絵も描けなくなって、それでも生きていくしかないすずさん。

どんなに過酷で激しい変化がやってきたとしても、ずっとずっと普通でおってくれ、というのは実はものすごく難しいんじゃないでしょうか。

世の中の厳しさや汚さのなかでスレていくことも少なくないのに、「普通でおってくれ」というのはけっこう厳しい注文なのです。同時に、一種の純粋さへのあこがれみたいな感じがするんです。


まとめ:見終わった後の感情を大事にしたくなる映画

全体的なトーンとしては、おっとりしたすずさんの雰囲気や、ふんわりした色使いのおかげで重たい作品にはならずに済んでいます。

そして、そんなのんびりした雰囲気の家庭や人物たちも、容赦なしに巻き添えくらっていくんだな、という戦争の現実にショックを覚えます。

かつて暮らしていた人々の様子をこまやかに再現した監督をはじめスタッフの努力や能力に驚きつつ、本当にどこにでもいそうな人たちの暮らしが、こんなにもいとおしい空気を持っているんだな、としみじみ味わわせてくれる作品です。

見終わった後に感じる気持ちは、たぶん単純なものではないと思います。その感情をできるだけ大事にとどめておきたい、とまで思える映画です。

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