「ぼくの名前はズッキーニ」は全体で66分とコンパクトな長さになっており、だいたい10歳前後の子供たちの日常や、複雑な人生のなかで生きる気持ちが凝縮されています。
母親をなくした9歳の少年・ズッキーニ。孤児院を舞台にして、さまざまな事情から親と離れて暮らすことになった子供たちの成長や心の揺れを、ストップモーションアニメーションで表現した作品です。
ネタバレ含んでいるので、ご注意ください!
「ぼくの名前はズッキーニ」
監督:クロード・バラス
出演:ガスパール・シュラター/シクスティーヌ・ミュラ/ポーラン・ジャクー/ミシェル・ビュイエルモーズ/ラウル・リベラ
製作国:スイス・フランス合作
公開年:2016年
孤児院という舞台とキャラの造形の上手さ
舞台が孤児院というかなり重たい場所なので、それなりの事情がある子供たちが出てくることは想像できます。
冒頭でズッキーニの母親が亡くなるという不穏な始まりかたですが、非常に抑え気味の品のある描き方になっています。
母親が死ぬシーンは直接描かれず、空に揚げていた凧がすーっと室内に降りてくる、また天気が悪化するといった様子で、とても不幸な出来事が起こったことを暗示しています。
出来事をあえて直接描かずに、抑え気味に描くことで、観ているものの想像力で補うことになります。
冒頭5分くらいの描き方に注目しました。冒頭だけでも「ぼくの名前はズッキーニ」が上質の作品であることがうかがえます。
子供たちのキャラは2.5頭身くらいの人形になっていて、丸い眼が印象的な造形になっています。寂しさや不安、嬉しさなどの感情の揺れを、口もとのゆがみやまばたき、うるむ涙などで細やかに表現しています。
現実に俳優が演じると、もっと重たくて苦しい作品になってしまったかもしれないです。ストップモーションアニメーションにすることで、重たい話とのバランスを取っている面もあるのでしょう。
新しい世界を知っていくズッキーニ
ズッキーニは最初はちょっと暗めの大人しい性格で、仕方なく施設に入らざるを得ない状況にいます。
感情を爆発させるのは、シモンによって大事な凧をいじられたときです。思わずかけよってシモンとケンカするズッキーニ。
大事な思い出の品をからかわれたときに、ズッキーニはムキになり、怒りをあらわにします。最初は受身で過ごさざるを得ない少年が、新しい環境に身を置いてから、爆発させる怒り。
シモンとの最初のケンカは、ズッキーニが感情を表に出すためにも必要な描写だったのでしょう。
施設に入ったあとも、多少のいざこざはありながらも、しだいにズッキーニはなじんでいきます。
そしてカミーユという少女に出会うことで、おおきな転機がやってきます。カミーユの登場によって、ときめく気持ちを知ります。
施設にやってくるきっかけは悲惨なものの、その施設のなかでも恋をしたり、母親とは違う大人たちと接したりして、世のなかを知っていくのです。
ズッキーニに親切な大人である警察官レイモンにも、つらい事情があることを知る場面もあります。
つらいのは自分だけではない、ということに気づいていくのは人生のどこかで必要なことです。ズッキーニの場合は、施設の子たちやレイモンを通して、人生を学んでいきます。
いじわるだけど実はいいやつ・シモン
実はわたしにとっては、主人公よりも印象的なキャラがいて、シモンという少年です。
シモンは、最初はちょっと嫌な奴、といったイメージで登場します。施設のなかのボス的キャラとして、ビジュアルも含めて、ちょっととんがったキャラになっています。
新入りであるズッキーニをからかうシモン。もちろんシモンにも、孤児院に入ったそれなりの理由があります。
シモンがズッキーニと仲良くなるのは、「ズッキーニ」という名前をよびかけて、ズッキーニが振り向いたときです。
名前を呼ぶ、という行為はある特定の他者に向かって、はたらきかける行為です。急にわだかまりが解けて、本音を言いだすシモン。
シモンというキャラは、「ぼくの名前はズッキーニ」のなかでとても印象深いキャラになっています。新入りには意地悪してからかっているし、けっこうマセていて威張ってもいる。
意外と仲間想いで、リーダーシップを取れるのも特徴です。今作における悪者であるカミーユの叔母さんが、カミーユを連れ戻そうとしているときにも、シモンの機転があとで奏功します。
レイモンがズッキーニとカミーユを引き取る、とこっそり聞いてしまったときのシモンの複雑そうな表情が印象的です。
食事しているときもズッキーニとカミーユ、シモンだけが、なんだか居心地の悪そうな表情をしてぎこちない雰囲気です。他の子がよそに養子でもらわれる、と知ったときの悔しいような感情。
ズッキーニやカミーユにしても、せっかくのパーティーの場で、なんだか言いづらいといった複雑な感情を表現していて、とてもいいシーンです。
知恵が働き、意地っ張りでちょっと強情なシモン。最初はヤな奴だなと思わせておいて、観終わるころにはなんだか憎めないキャラになっています。
キャラの配置や、気持ちの描き方、表情の細やかさも「ぼくの名前はズッキーニ」の魅力です。
まとめ:かなしい子供たちと見守る大人のバランスがいい
施設の大人たちは、とても優しい人たちで、子供を見守る役割になっています。
ラストでは、ロージー先生の赤ちゃんをみんなで囲んでいるシーンが映し出されます。子供たちがあれこれ聞くことは、「この子を見捨てない?」ということ。かつて親から離れることになった子供たちの口からでる、とても切ない質問です。
じんわりとした余韻を残しながら、本作は終わります。丁寧に作られたストップモーションアニメーションを堪能しつつ、繊細な気持ちの動きを追うことができる作品ですよ。
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