「風立ちぬ」創造的人生のエゴと美しさについて考える

青空と飛行機雲 アニメーション
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「風立ちぬ」は、堀越二郎という人物をとおして描いた、宮崎駿氏の理想とか人生観にあふれた映画でした。

印象に残ったシーンや主役の描き方を通して、レビューしてみます。

監督:宮崎駿

出演:庵野秀明/瀧本美織/西島秀俊/西村雅彦

製作国:日本

公開年:2013年

「風立ちぬ」のなかの堀越二郎の純粋さとエゴ

菜の花と青空

技師である堀越二郎は、純粋に飛行機が好きで面白くてたまらない、という人物です。大好きな飛行機を設計するという仕事には、ほかのことを顧みることなく没頭し、周囲への配慮は忘れてしまいます。

仕事漬けの人生で、後半になって、病気になっている奥さん・菜穂子の看病まではできそうにない。「自分が飛行機をやめて付き添えたらいいのだが、それはできない」と上司の黒川に向かってはっきり言っています。

純粋であることは、同時にエゴが強いことにもなります。多額の金をかけ、戦争に使われることも十分わかっているけど、それでも飛行機づくりは止められない。

単純に「飛行機は面白いなぁ・・」と言って喜んでいられた青年の時期ははるかに遠くなり、国家とか利益とかを背負って作ることになる。

会社との関係はもちろんビジネス。会社が二郎を守ってくれるのも、むろん「会社にとって役に立つ人物である間はな。」という割り切った関係なのです。

堀越二郎の性格や仕事への姿勢は、もちろんアニメーション作家としての宮崎駿に重なる姿であり、映画の舞台は飛行機メーカーの会社ですが、ベースにあるのはアニメスタジオです。

深夜まで仕事に打ち込み、身心をけずって働き、結果としては報われずに終わることもあるそのプロセスを堀越二郎という技術者の姿に重ねているため、なんとなく描いている側の体温みたいなものも感じます。

レビューサイトなどで批判の多かった庵野秀明氏の声は、確かにちょっと棒読み気味で、批判があるのもわかります。

ただ、充分わかった上での起用だと思うので、私個人は、あんまり反対はしない派です。

最初は「?」と思ってしまうのだが、なんとかなじんでいく感じ。主人公の朴訥な感じを出すために、あえて起用しているのでしょう。

「風立ちぬ」の菜穂子の美しさ

二郎の奥さんとなる菜穂子の、ちょっとしたしぐさが細やかで美しい。

私が特に好きなのが、病院を抜け出して二郎に会いに来る、駅での再会シーン。つばの広い帽子をかぶって、不安そうに歩いているシーンや、二郎を見つけてかけよるシーンはドラマチックで美しい。

最後に山の病院に戻るために、ひとりで黒川家から出て行くときも、帽子のつばを両手で押さえてから歩き出すなど、細かい仕草での演技がいい。

儚くて健気で、宮崎駿氏が描くヒロインだな、という感じ。最後は病気で亡くなったのでしょうけど、直接はその死を描かないところが抑え気味でいいと思います。

最後に夢のなかで二郎に向かって、「生きて」とだけ言って、空気のなかに同化していく菜穂子。短かっただろう人生のなかで、きらめきみたいなものを残して去ってしまった。

儚いから美しい、というのは昔からある発想ですが、菜穂子というヒロイン像もそんなイメージです。

菜穂子のキャラは実在する女性像がベースになっているかどうかわからないけど、宮崎監督の理想像であって、この理想がナウシカやシータのように歴代のヒロインに投影されてきたのかもしれません。

堀越二郎と菜穂子の描き方について

夕暮れの飛行機雲

二郎と菜穂子が出会うときには、風が吹いていて、帽子を飛ばしてみたり、大きなパラソルを飛ばしてみたりします。風をつかった演出が得意の宮崎駿氏らしい演出だな、と思います。そういえば、恋愛の進展も、紙飛行機の飛ばし合いで象徴的に描いていました。

二郎はただただ、「美しいものを作りたい」っていう情念で生きている人だと思います。食事中に鯖の骨を見ても、そのカーブに見とれている様子で、ほかのことはあまり目に入らない。

病身の菜穂子を黒川家に住まわせるときにも「私が付き添えたらいいのですが、それはできません」とはっきり言っています。

仕事>家庭、というよりも、「飛行機の美」だけを求め続けるという人物造形です。

そして菜穂子も、二郎がそういう人物だとわかっている。だからこそ最後に「自分のいちばんきれいな部分だけ見せて去る」という去り方を選んでいるのです。

二郎の生き方は、クリエイティブな人生を選んでいる人の生き方であり、ある種のわがままとかエゴとか含んでいて万人の感覚からすると「?」と思える面もあるのでしょう。

宮崎駿氏の想像をとおして描かれる堀越二郎は、監督の分身であり、理想でもある人生なのです。

一番最後に、地面を埋め尽くす飛行機の残骸のはるか向こうをひとりで歩く二郎。自分が作り出した飛行機は美しいけど、けっして世の中で美しい使われ方をするような発明ではなかった。

その歴史に対する忸怩たる思いとかやりきれなさとかを、台詞で説明するわけではないが、感じさせる演出です。

まとめ:「美しいけど怖い」人生の映画

飛行機づくりに没頭した人生を持つ堀越二郎というキャラの描き方は、なにかを創造する人間が持つ「美しいけど、じつは怖い」面を描いている映画でもあります。

主人公に共感できるかどうかで、けっこう評価が分かれてしまう作品だろうな、とは思います。ただ何かに人生をささげる、といった生き方のひとつとして印象深い1本です。

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