前から見たかった「ズートピア」を視聴してみました。
まずは動物たちの毛の質感がすごかったです。メイキング映像でもスタッフが語っていましたが、ウサギとか狐とか、他にも大勢の動物たちが入り乱れる今作では、動物ごとのいろんな色や長さ、質感の毛を描くことが必要です。そのこだわり抜かれた表現にほれぼれしました。
動物の愛くるしい表情や仕草と、二足歩行で人間みたいな姿勢での生活が巧みにディフォルメされていて、とてもバランスのいいキャラ造形になっています。
で、ストーリー展開は「差別と偏見」という深刻な問題も扱いつつ、最後までちゃんと楽しませてくれる作品になっています。
ひとつひとつのシーンがどれも意味深く、伏線も効果的に張り巡らされ、何よりキャラそれぞれの演技はこまやかで、まったく妥協が無い。
エンターテインメント作品としては、もう完璧な仕上がりではないかな、と思います。
「ズートピア」
演出:リッチ・ムーア/バイロン・ハワード
出演:ジニファー・グッドウィン/ジェイソン・ベイトマン/イドリス・エルバ/ジェニー・スレイト
製作国:アメリカ合衆国
公開年:2016年
ズートピアの舞台の美しさにまず感動
一番最初に感動したのが、ズートピアという都市の色の美しさです。中心部に高層ビルが建っているのははっきり分かるのですが、その周囲をとりどりの建物が並んでいて複雑な作りになっています。
ジュディがはじめてズートピアに向かうときの景色もきれいで、ワクワクするような景色が広がっています。
新しい世界に飛び込んでいく主人公・ジュディの高揚感、それに合わせてラジオから流れる、スター歌手・ガゼルの歌声。
この演出には宮崎駿監督作品「魔女の宅急便」オープニングで流れる「ルージュの伝言」を連想しました。
様々な動物たちが住んでいるので、扉のサイズとか大きな動物用、小動物用、と細かく分かれているあたりもすごくいい。綿密に作りこまれた都市の設計や色彩がまず美しくて、感動します。
作品の舞台が魅力的かどうか、という点はけっこう大事なので、その点でまず嬉しかったです。
「ズートピア」の2つのテーマ
テーマのひとつでは「生まれたときの条件がなんであっても、なりたいものになるという夢」を描いています。
もうひとつのテーマは「自分のなかにもあるステレオタイプな発想をどう乗り越えるか」です。
人間が演じると重くなったり、安っぽくなったりする恐れのある描写も動物のキャラの演技におきかえることによって、しっかりテーマを描きつつ、エンターテインメント作品として楽しめるものになっています。
非力なウサギ・ジュディが叶える夢の話
主人公は、ウサギの女の子・ジュディ。正義感が強く、世の中を良くするために警官になりたい、と考えています。でも、ウサギの警官なんて、今までには存在しなかったのです。
努力の積み重ねでついに警察官になり、ズートピア中心部の署に配属されて張りきるジュディ。でも、結局は「ウサギの女の子」としてしか扱ってもらえない。
警察官をやっていくには、ジュディはちょっと純粋過ぎる面があります。ただ、その純粋さがあるから、きつい現実のなかでも初心を忘れずに、警察官という職業になれた部分もあります。
ジュディと対する位置にいるのが、キツネのニックです。
鋭い眼つきにちょっと皮肉っぽい物言い、斜に構える態度。ずるがしこく、狡猾で他者をだますことも平気で行う。いわゆる狐のイメージってそういう印象がありますよね。ニックも最初はそんな一般的なイメージを背負って出てきます。
世間知らずのウサギにすぎないジュディと、したたかでずるがしこいニック。奇妙なコンビが誕生して、ある事件を追うパートナーになります。
都会に出てきた非力な主人公が悪戦苦闘の末に、夢をかなえるストーリーは古典的ですが、シンプルな強さがあります。
ジュディはステレオタイプを超えられるか
実はニックにも、社会のステレオタイプな発想のせいで、ずいぶんとダメージを受けた経験があります。
また子供だったころに「ずるがしこい狐」というイメージで決めつけられたことで、社会は個々の生きものを見ているのではなくて、その属性で決めつけるんだ、ということを思い知らされたニック。
ステレオタイプなイメージから脱却して、本当はもっと別の内面も持っている、という動物キャラを出してきたことで作品に深みがでます。
単に夢見がちな女の子がなりたい仕事について良かったね、というだけの話ではなくて誰の中にもある偏見や決めつけ、ステレオタイプな発想をあぶりだしていくことで、主人公も間違えるし、他者を傷つけることもある、という描き方になっています。
この世界には、いろんなステレオタイプがあります。性別、人種、民族、出自、属しているグループによって、個人の考えや内面ではなく「こういうタイプだ」と決めつけられる。
自分が決めつけられたときには傷つく一方で、他者には平気でまたは意図せずに、ステレオタイプなものの見方を当てはめてしまう。
ステレオタイプな発想は誰の中にもあり、どこかで誰かを傷つけることがあります。
ジュディはいっしょに事件を追ってくれたニックに感謝しながら、しかし同時に、キツネに対する偏見や決めつけを、拭い去ることができない。
主人公であるジュディも、やはり差別やステレオタイプな発想から自由ではないのです。
自分のなかにある偏見に気がつく、というのは大変難しいことです。いっときはジュディを信頼しかけたニックだけど、やはり無理と思って去っていく。
差別に苦しんだはずの者が、今度はだれかを差別して傷つけることもある。どうやってその連鎖から抜けていったらいいのか。
ウサギとキツネという敵対するはずの草食動物と肉食動物をコンビにすることで、楽しく見られる寓話にしながら、重いメッセージを放ってきます。
純粋で努力家の主人公が困難に立ち向かい、解決する、という大枠のストーリーももちろんしっかりとしているのですが、そこに、主人公自身が内面に持つ偏見を克服していく、というテーマを潜ませたことで、厚みのある物語になっています。
サブキャラの動物たちの造形も素晴らしい
・ガゼル
ズートピアの人気ミュージシャン。そんなに登場回数は多くないのですが、ジュディが故郷からズートピアに向かうときに電車のなかで聞く音楽など、ワクワクするような楽曲の使い方がいい。
・ミスター・ビッグ(ネズミ)
ミニサイズのかわいい外見でありながら、巨大な白クマたちを顎で使う裏社会のボスというハードな設定のミスマッチぶり。「ゴッドファーザー」のパロディになっているので、ぜひ見比べてみたい。
・水牛のボゴ署長
警察署長としていばっているが、情に厚い。実はガゼルのファンであることがバレるシーンがいい。
・ナマケモノ
陸運局の職員がみんなナマケモノ、という設定がすごい。流れている時間がスローすぎる・・・。表情が超スローなのに素晴らしく豊かという、これまで見たことのないフレッシュな表現でした。
動物の世界にしたことで、寓話として楽しくみられるけど、自分たちの世界を改めて考えてしまう、という構造になっています。
けっこうきわどいギャグや皮肉もあるのですが、かわいい動物キャラにしていることで異世界の寓話として、笑いながら見られます。
にもかかわらずあまり感動しない不思議を考えてみた
・・・・と、ここまで目いっぱい褒めてきたにもかかわらず、初見のときに、そこまでの感動を感じなかったのが、自分でも不思議です。出来栄えやレベルの高さに感心はするのに、感動していない自分がいる・・・?
うまく理由を書けるわけではないのですが、一番の敵役だったキャラ・ベルウェザー副市長が、今までに虐げられてきたが故の極端な行動に走る、という設定になんとなく釈然としない部分があるのです。
そして、敵役の行動が極端だからこそ、それに反発する理想主義的な主人公の行動が、「称賛すべきこと」として決着する。
もちろん「ズートピア」は、グレーなところを残して含みを楽しむテイストの映画ではありませんし、理想を見せるという決着は、子供向けの映画としては必要な作劇です。
エンターテインメント作品の脚本としては完璧な出来栄えと思いつつ、敵役は、自分がなぜ、どこで間違ったのか、さっぱり理解していないだろうし、理解もしないだろう、と思うのです。
つまり、悪玉キャラは決して救われない存在で話は終わるのです。
世の中には途中で道を踏み外し、大きな間違いを犯す、そんな人物もいるでしょう。悪玉がやっつけられて、捕まえられて終わる、ストーリーとしてはすっきりするのですが、見終わったあとに、どこかすっきりしないんだよなー、とそんな感情も少しだけ残りました。
まとめ:超ハイレベルな作品なので一度は見ておくといいよ!
とはいっても、「ズートピア」は作品としての完成度が、ものすごく高いことは事実です。
とりわけ脚本を重視して映画を観たい人や、動物好きの方には、おすすめの作品です。
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