「アライバル」はオーストラリアのイラストレーターであるショーン・タンによる絵本です。
絵に対するこだわりは相当なもので、絵本のなかには、話を説明する文字がまったくありません。
鉛筆(?)で描かれたモノクロのイラストを映像のようにつなぐことで、登場人物のこまやかな心理や微妙な表情を描き分けています。
一遍の映画を見ているような気分になり、新しい世界に旅立つ主人公の表情などに注目してしまいます。
世界各国で評価され、衝撃を与えたと言われる作品「アライバル」。
次のような人におすすめです。
- ディティールにこだわった緻密な絵が好き
- 海外の絵本やイラストに興味がある
- 歴史を感じさせるテイストの絵がすき
- じっくり味わうような読書がしたい
きっかけは「ショーン・タンの世界展」
私がショーン・タンの名前と作品を知ったのは、2019年に京都で見た展覧会がきっかけでした。
(「ショーン・タンの世界展」 2019年9月21日~10月14日 美術館「えき」KYOTO)
私はオーストラリアの絵本にはなじみがなく、ショーン・タンの絵のテイストに惹かれて、偶然入った美術展でした。
ショーン・タンの絵が興味深いのは、ひとつひとつのディティールの細やかさです。
「アライバル」の冒頭でも、室内を描くときに、時計や折り紙で折られた動物など、ごく小さなアイテムから描き、だんだんと人物の生活を浮かび上がらせていきます。
漫画や映画を思わせつつ、繊細な絵でじっくりと話が展開されるのです。先に美術展を見たことで、実際にショーン・タンの作品を見たくなったのです。
「アライバル」はどこにでもいる「わたし」の物語
「アライバル」の中に出てくるのは、名もないどこにでもいる一市民にすぎません。
いつもと同じように朝を迎えたある男が、妻と娘を残し、ひとりで新しい土地に旅立っていく。
男は慣れない土地に向かい、片言でコミュニケーションを取り、やがて新しい土地での仕事や住居になじんでいく。
当然といえば当然の、しかし困難の多いプロセスをじっくりと絵だけで見せる展開になっています。
なんらかの事情で、今いる場所を離れて暮らすことになる現実は、だれにやってきてもそんなに不思議ではありません。
転職、転勤、結婚、留学など・・・さまざまな転機を得て、慣れ親しんだ場所から離れることはありますよね。自らの意思というよりは、被災などでやむなく他の土地に移るケースもあります。
異国のような遠さではなくても、同じ国のなかで彷徨うように暮らすこともあります。
「アライバル」は慣れない場所に行って、自分の居場所を確立するストーリーです。
ひとりの移民とその一家を描きながら、普遍的な悩みや孤独を描いている絵本です。
ゆっくり、ゆっくりとページをめくって、絵から伝わる人物たちの表情や、複雑な心理を追ってみたい一冊になっています。
移民の歴史を重ねて読むと味わいが深くなる
作者プロフィールを見ていると、作者であるショーン・タンの父親も、まさしく移民の一人であった、とのことです。
オーストラリアも、移民が多くやってきて発展した国家です。単身で渡ったひと、家族を連れてきた人、さまざまなドラマを生んだでしょう。そこには、たくさんの困難や試練があったはずです。
その歴史を合わせて読むとき、「アライバル」はさらに深みのでる本となります。
いわばマイノリティにあたる人々の心というのは、複雑です。なじみのない土地、慣れない仕事、思うようにいかない現実。そして残してきた家族のこと。
歴史のなかで埋もれていった話も多いだろう、マイノリティの内面を、丹念なタッチで再現している絵本だと感じました。
「アライバル」の中では、移民となった男が、新しい土地でなんとか衣食住を安定させ、家族を呼び寄せるまでが描かれています。
何度も読むうちに、だんだんとストーリーの奥深さが伝わってくるのです。
まとめ:ちょっと時間をとって読むのにおすすめ
「アライバル」を読むときに、焦って先の展開を知ろうとするのはおすすめできません。緻密なタッチの絵は、奇妙なテイストですが、どこか懐かしさもあります。
セリフや説明などの文字がない分、描写された表情の意味や、人物たちの会話を、見ている側が補って想像していく必要があります。
時間をかけてゆっくり味わうように読むのにおすすめの1冊です★
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