「ちはやふる -結び-」太一の葛藤と成長をメインに映画を締めくくる!

幻想的な桜並木 ドラマ
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人気漫画「ちはやふる」を映像化したシリーズの完結編となる映画「ちはやふる -結び-」を取り上げてみます。

「ちはやふる -上の句-」のレビューもご覧ください。

「ちはやふる -下の句-」のレビューもご覧ください。

ネタバレ有りなので、まだ見ていない人はご注意ください。

「ちはやふる -結び-」

演出:小泉徳宏

出演: 広瀬すず/野村周平/新田真剣佑/上白石萌音/矢本悠馬/森永悠希/清水尋也/坂口涼太郎/松岡茉優/松田美由紀/國村隼

公開年:2018年

製作国:日本

終わっていく「青春」を描く完結編「ちはやふる -結び-」

桜の背景

「ちはやふる -結び-」のなかでは、もう高校三年生になった、主人公の千早たち。

そろそろ進路を決めないといけない時期です。幼馴染だった千早、太一、新の3人の関係にもそろそろ変化が・・・といった感じ。

千早のためにかるたをやっていた太一ですが、そろそろ競技かるたから離れていくようになります。新がわざわざ競技かるた部を作ってまでして挑んでくることや、新が千早に告白したことでバランスが崩れていきます。

いつか終わっていく青春の儚さを描くのは、青春ものの定番なのですが、「ちはやふる -結び-」では群像劇のなかで、変わっていくことの苦しさや輝きを上手に描いていると感じます。

「忍ぶれど」「恋すてふ」歌合の名歌を踏まえた対決

「ちはやふる -結び-」のなかでは、960年の天徳四年内裏歌合の場で、判定がなかなか決まらなかったといわれる有名な和歌二首が使われています。

歌合とは?
平安時代に貴族の間ではやった競技です。対戦相手がそれぞれ詠んだ和歌の優劣を、審判にあたる判者が決定する試合。

忍ぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで    平兼盛/拾遺集
(人に知られまいと)隠していたけれども(とうとう)顔色に表れてしまったなあ、私の恋心は。「何かもの思いをしているのか」と人が尋ねるほどに。
ベネッセ全訳古語辞典改訂版/2007年/ベネッセコーポレーション/P650

恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひ初めしか   壬生忠見/拾遺集
恋をしているという私のうわさは、早くも立ってしまったなあ。人に知られないように(ひそかにあの人を)恋し始めたのだけれど。
ベネッセ全訳古語辞典改訂版/2007年/ベネッセコーポレーション/P549

百人一首では、40番と41番の歌です。甲乙つけがたい名歌として名高い二首は、太一と新というライバル同士の対決にふさわしい組み合わせです。

天徳四年内裏歌合では「しのぶれど」の歌のほうが勝ちを得ました。当然、そのエピソードを踏まえつつ、太一と新の勝負を描いています。

緊迫した空気のなかで、苦手な運命戦のタイミングで、太一がどちらを選ぶのか。

太一というキャラが、ずいぶん苦しんできた経過を見ているから、観客も一緒に見守るような気持ちになります。

「ちはやふる -上の句-」から振り返ってみる太一の成長ぶり

どんなにがんばっても、青春のすべてを賭けても、競技かるたで新には敵わないのではないか、としり込みしていたのが、「上の句」での太一でした。

お金持ちで成績優秀で、境遇は恵まれているはずの太一が、それでも叶わないと思っている相手が新です。

「上の句」の太一は、新というライバルの強さや存在の大きさを知っているため、競技かるたに向き合うのをやや避けがちでした。「結び」において、ついに向き合うことができたと思うのです。

今作「結び」でのクライマックスは、葛藤を乗り越えて試合会場に歩み入る太一です。

一度は競技かるたから離れて、試合も出ないはずだった太一が、やっぱり戻ってくる。迷いながらも試合にやってくる姿が、「上の句」からずっと見ていて、打たれるものがあります。

運命戦といわれる、終盤でたった2枚の札を取り合う戦いになったときに、どうしても勝てない、というエピソードも「上の句」で描かれていました。

「ちはやふる -結び-」で再び描くことで、長い時間を経て成長したんだな、ということを感じさせてくれます。

太一の成長には2人の先輩が欠かせなかった点も興味深い。一人は原田師匠。もう一人は周防名人です。

「上の句」で原田師匠から励まされたときに使われていた短歌が、百人一首では24番の歌。

このたびは幣も取りあへず手向山もみじの錦神のまにまに    菅原道真/古今集
今回の旅は(急のことで、旅の安全を祈って神にささげる)幣も用意できていない。(かわりに)手向山の「もみじの錦」といったらいい、美しい紅葉を神のみ心のままに(お受けください)。
ベネッセ全訳古語辞典改訂版/2007年/ベネッセコーポレーション/P547

「全ての手を尽くしてから、神様の意思にまかせると言えるのだから、勝てないと決めつけるのは、やるべきことをすべてやってから言いなさい」と太一に諭すシーンは印象深いシーンです。

一方「結び」で、周防名人が太一に向けて伝えた和歌が、百人一首では9番の歌。

花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに   小野小町/古今集
(サクラの)花の色はあせてしまったことだなあ、長雨が降り続いた間に。むなしく私もこの世で月日を過ごしてしまった、物思いにふけっていた間に。
ベネッセ全訳古語辞典改訂版/2007年/ベネッセコーポレーション/P1013

小野小町の有名な歌です。いまある時間はあっという間に過去になっていき、取返しがつかない。

けれど和歌によって、はるか後の時代にまで気持ちを残したように、一瞬をずっと後にまで残すこともできる、といったセリフを聞いて太一は競技かるたの会場へ戻っていきます。

すでに競技かるたから離れることを決めている先輩から、迷っている後輩に対しての後押しだったのでしょう。

恵まれているようで、じつはどこか欠落した人物となっている太一に、形はちがっても背中を押してくれた先輩にあたる原田師匠や周防名人というキャラが、実にいい配置になっています。

「上の句」から「結び」への伏線回収も巧み

布製和雑貨

そろそろ進路を決定することが、「ちはやふる -結び-」のなかでは、底流に流れるテーマです。教室内で、教師が話す台詞にも、印象深い台詞がありました。

「チャンスにはドアノブがついていない。誰かがドアを開けたときに、迷わずチャンスに飛び込んでいけるか」

「上の句」の冒頭を思い出すと、主人公の千早が屋上のドアを開けて、バーンと入ってくるシーンがありました。

部室では顔がまだ見えていなかったヒロイン・千早の表情が、初めて観客に見えるシーンです。同時に離れていた幼馴染同士が久しぶりに再会するシーン。

このヒロインには、無条件に惚れてしまいそう、というかわいらしさやひたむきさが必要で、重要なシーンです。

「上の句」で屋上での再会シーンを見た時、なんでドアノブは壊れたままなのか、疑問ではありました。(普通は直すんでしょうけど・・・)

「ちはやふる -結び-」において、その疑問は消えました。「ドアノブのない扉を誰かが開けたときに飛び込んでいけるか」という教師のセリフと見事につながっています。

「上の句」の冒頭シーンはここにつながるのか、といった驚きもあり、巧みな回収です。

まとめ:「ちはやふる -結び-」の結ぶもの

水引

「ちはやふる -結び-」は、恵まれた境遇にいながら、どこかかけている太一というキャラに焦点を当てた作品になっていると思います。

私は最近、ようやく原作漫画を読みはじめました。まだまだ序盤なのですが、引き込まれます。

そして改めて、映画三部作が、いかに見事に原作のエッセンスを再構成しているかに感心してしまいました。「もう少しこの作品を観ていたいな」と思わせる映画作品でした。

タイトルの「結び」は「結論、エンディング」を意味すると同時に、気持ちや記憶を結ぶ、はるか遠い和歌とのつながりを結ぶなど、いろんな意味合いが込められているのではないでしょうか。

青春時代が過ぎていく、関係が変わっていくのは仕方ないけど、美しかった時代や思い出とどこかで繋がっていたい、そんな気持ちを感じさせてくれる作品です。

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